アルケイディアの森 第1章 1

   
月の無い暗い夜。深い熱帯の森を歩く青年がいた。余程慣れていないと森で遭難するであろう状況だが、青年の足取りは確かだった。
この森には道が無い。そもそも人が通ることなど許されていない。森の主を預かる精霊が人嫌いというのがその理由なのだが、その事実も知るものは少ない。
青年の向かう先には中央都市として知られるマライの城下町がある。マライの街は森と海の間に位置する豊かな国であり、貿易も盛んである。自衛の為、強固な軍を欲しており毎年この時期に各国から志願者を集る。青年の格好は志願者にしては軽装だった。荷物は全身を覆うローブと小型のナイフが両脇に下げられている。
暗い森の天井から光が差してきた。どうやら森を抜けたようだった。
森を抜けた先は広がる月夜だった。切立った崖の高台で、眼下には灯る光が無数に広がっている。青年はその美しさに身を預け、フードを脱ぐと暫くそのままでいた。
青年の名はロクス。名の通ったギルドメンバーであり、各地を旅しながら依頼をこなす放浪生活をしている。質の良い服はフードで覆われていたため、汚れてはいない。庶民一般が好む動きやすい服だが、ロクスが着ている服はそれより上質な布でできているようだった。
森の中では分からなかったがロクスの細いながら鍛え抜かれた身体は肌の露出は少ないが白い肌は透き通る様だ。フードで隠れていた容姿は艶やかではじめ男性であるかどうかもわからない。鋼青色の長い髪は一つに束ねられ一見短く見える。空を眺める瞳は厳しく強かった。

城壁近い切り立った崖の上に足を進めると眼下に民家が広がる。マライの城外にある宿街だ。灯りの数と賑わう声から、今日も旅人達で賑わっているのだろう。
十分に満足するとロクスはマントを再び被り、マライの宿街へ向かった。宿街は旅人達を迎えるため賑わっていた。ロクスはその界隈を外れ、奥にある目的の宿に向かう。歩いている間にいくつか視線を感じたが、ロクスは無視して歩く。
ほどなくして川沿いの小さな宿に目を向けた。高級宿ではない。かといって安宿でもない。盾型の看板に対の剣をモチーフにしたマークが入っており、見張りのものまでいる。そこはギルドに所属しているものだけが利用できる特殊な宿だ。ロクスは迷わずその宿に向かう。
ロクスが認証カードを見張りに見せると彼らは驚いたような顔をしたが、うやうやしくロクスを宿に通した。
宿の主人はギルドの一員であり、この一体を押さえる実力者である。特に各国から強者を集めようとしているマライという街において、ギルドは高い地位を持っている。街の内外はギルドが自警団として押さえているのだ。忙しい主人は滅多に外には出てこない。マライの城内での執務に追われる事が多い彼はこの日も外の宿にはいなかった。それは幸運な事だったかもしれない。

「一晩宿を借りたい」

その声があまりに美しく、受付をしていた女性は口を開けたまま対応するというプロらしからぬ行動をとってしまった。直ぐにそれを恥、受付を済ませようとするが、認証カードをみてまたその口が開いてしまう。ロクスが持っていた認証カードは最高ランクのギルドメンバーであることを証明するものだった。
カードにはランクがあり、10段階のランクがある。ロクスが持っていたのはランク10の認証カードだ。このカードを持つ者はエンシェントドラゴンをも倒すことの出来る強者だという噂だ。エンシェントドラゴンは最古のドラゴンで、強大な力を持っているとされている。エンシェントドラゴンがひとたび現れれば街など消し飛んでしまうだろう。
当然、宿の主人よりも各上の存在ということになる。あまりのことに受付の女性は声が裏返ってしまう。ロクスがこの認証カードを持っていることに疑いの念を向けることができない。それだけのことが出来てしまいそうなそんな不思議な雰囲気をロクスが持っているのだ。彼女もギルドのメンバーであり、ある程度の強さを身につけているからこそわかることなのかもしれないが。
彼女にとってこの受付をすませるという行為は非常に大変な労力を必要とすることになってしまっているのだが、ロクスは気にせず静かにルームキーが出るまで待っていた。やっとの思いで彼女がルームキーを渡すころには、ロクスはフロアにいた者たちからの視線を浴びることとなった。美しい声を聞けたのは彼女だけではなかったということだ。
さほど実力のないものは彼女のように緊張することなく、ロクスの声のみに反応していた。ルームキーを受け取った青年は視線を感じながらも、そのまま部屋に向かった。
    
   
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