アルケイディアの森 プロローグ

   
美しい森は月の光を浴びて煌めいていた。その中央に位置する湖は広大でその光をより輝かせていた。豊かな水は周囲からなだらかに落ちてくる滝の水によるもので、美しく澄んでいる。その湖の中央にこの森の中で一番であろう巨樹が聳え立っていた。
巨樹は水の中に立っており、土を必要としていない。
その湖に今、珍しい客が来ていた。巨樹に腰掛けるその人は美しい容姿をしているのだが、気配というものが欠如しているようだった。月に照らされたプラチナブロンドの髪が風で揺らめいている。中姓的で性別は不明なその人は、手の平から不思議な球体を取り出すと静かに湖に落としていった。すると用がすんだのだろう。その人はふっと姿を消し、その場から消えてしまう。


残された球体は、ゆるゆると月の光を浴びながら湖の底へと向かって落ちて行く。
その色は虹色に輝いており、液状なのに水に溶けなかった。その球体は次第に熱を持ち、水を纏って人の姿を形成しはじめた。湖の底どころか浮上し、巨樹の下、水面から浮上したそれは美しすぎる青年の姿をしていた。月明かりに照らされた青年はしなやかな筋肉と強靭な肉体を持ちながら、白い肌をしている。鋼青色の長い髪と藍色の瞳は水から生まれた青年に相応しい。艶やかな色気と独特の気品さえ感じられる。


この森の主を預かる精霊シンはその様子を見守っていた。無口で無表情である彼は長い銀の髪を垂らし、湖に浮きながら彼が形成されるのを待っていたのだ。
客人であった者は彼の旧知であり、今起こっていることは彼にとっても望んでいることで有った。
懐かしいその姿に涙がでるほどにこの瞬間を待っていたのも確かだと、この瞬間になって彼は感じていた。この大陸にいる間は彼を感じることが彼にはできるのだが、誰よりも彼を望んだあの人にこのことを告げるのが先であるかと思い直す。
一握りの光を空に向かって投じるとその光は伝え人の元へと向かって行った。あとはあの人次第。
シンは今生まれ出でた青年を抱え、とんと一飛びして巨樹に腰掛ける。そして青年の顔を見て苦笑を隠せない。
「この私が心動かされるなど。本当にお前には驚かされる。この森にいる間くらいはせめて穏やかに過ごすと良い」
無口な主が声を出して苦笑するなど、本当に数百年振りなのだ。それだけこの青年をシンが好いているということなのだが、それが普通ではない。この森でその姿を知るのはこの巨樹だけだった。
    
   
BACK / TOP / NEXT
   
  
Copy Right(C)2009 taka All rights reserved.